throwback
\\ throwback⑤ //
:OISCA Technical school life
:2013-2015
:I was 18-20 years old
高校卒業して、家を出て…福岡を出て…静岡県浜松市へ!
オイスカ開発教育専門学校の国際協力科で2年間、農業と国際協力の勉強をしました。
ちっちゃな学校で学年10人。先輩4人。後輩は6人。年齢もキャリアもばっらばら。
寮は4人の相部屋。二段ベッド1個と畳1枚が自分のスペース…
兵庫出身の先輩と台湾&香港の留学生とわたし。
技能研修生も派遣前研修の日本語の授業をここで受けていて一緒に生活していました。
まぁ〜濃い濃い濃い濃い2年間。
初めての土地、場所。初めての農業。初めての外国人との共同生活…
とにかく初めてだらけ。
写真を見返すと、なんて存在が派手😅なんて黒い😅そして2年間でヘアスタイルの変化がすんごい😅当時優しく寄り添ってくれてたみなさんに改めて感謝です😅🙏🏾
写真ではいつも全力で楽しそうですが…
今まで生きてきた中で一番病んだ時期でもありました。悩みまくって考えまくってモヤモヤしてイライラしてどん底までヘコたれて。
今まで人と関わることが大好きでゲラゲラ笑ってたけど、そうじゃないこともある、そうではいけないこともあるということを知り、自分の在り方、人との関わり方、距離感を見失いかけたけど、支えてくれる人がたくさんいたから頑張れたんだよなぁ。
これがあったから今はブレない自分の軸が確立されたしココロのpeacefulを保てられてる。
今になっていかに大切なことを学んだかって思う😊やっぱりなーんでも意味があんだよなぁ〜。
在学中の時めちゃめちゃ支えてくれて、今でも気にかけてくださるおねぇさん先輩、何でも受け止めてくれた先生たち、濃すぎる濃すぎる濃すぎる2年間を一緒につくってくれた仲間たち…に出会えたことも宝。
浜松、住みやすいいいとこだったなぁ〜😇
Australia (Gold Coast)
\\ throwback ② //
:Australia🇦🇺Gold Coast
:2011/06-07
:I was 16 years old (High school grade 2)
高校の3週間の短期留学。
学年750人ぐらいいて40人だけが行けた短期留学。
現地の男子校に3週間通い、ひたすら英語の勉強✏️
英語力ゼロ!!だったけど、分かる単語をとにかく発言する…とにかくオーストラリア人に話しかける…伝わっとるのかも分からんけど、伝わってると信じる…ってな3週間。笑
お陰でbest communicatorを受賞しました🗣️😁それで大の苦手だった英語がちょっと好きになったんだよなー。
生活は、5人グループで一軒家(レンタルハウス)で生活。そーれが楽しくて!
お菓子とジュース買って、毎晩遅くまでパーティー。いろーんなこと語って、遊んで。
同じクラスやったのにそれまではそんなに仲良くしてなかったメンバーとも親友になり…
帰国後もBBQしたり遊び行ったり…♫
とっっっても楽しかった3週間🦘🐨
イメージしてた"オーストラリア"の景色、人、食べ物、雰囲気…がそのまんま👀で、だけどイメージしてても実際に体験する、感じるのってやっぱりわくわくが違うんよねえ。
ゴールドコースト、さわやかなとこだったな〜。
ブログ再開
ルワンダから帰国して早半年。
再びボチボチブログに伝えたいつぶやきを書いていこう。
むかーしのことから。
\\ throwback① //
: ミクロネシア諸島 ヤップ州
: 2006年07-08
: 当時11歳
初めての海外。
国立青少年教育振興機構が主催の交換留学みたいなのに参加。
当時私は、アナウンサーになるのが夢だった。家族が海外旅行好きとか海外関係の仕事なわけでもない。
でも小学校で配られた募集要項のプリント。
なぜかめちゃめちゃ行きたくて両親にお願いをし、応募。作文選考で日本全国から24人だけ(小5〜中2)がメンバーに選ばれる。
なにを書いたのか全く覚えてないけど、メンバーに入ることができて、出発当日集合場所の成田空港で「初めまして」の仲間達と行った初海外。
ちっちゃなちっちゃな飛行機でめちゃめちゃ揺れながら着陸。
初めて吸ったヤップの空気、匂いは今でも覚えている。
とにかく全てが初めてで衝撃だった。
たった10日間の旅だったのに、数カ月いたかのような濃さ。
滞在中ずっと鳥肌がたってたと思う。
全身で全力で吸収しまくった。
同じ地球に住む同じ人間…。え!?ん!?こんなに違うの???こんな世界があるの??なになに!?地球って大きい!?世界って広い!?
おもしろい…!!って溢れる疑問やら不思議やらと同時に私は日本と"違う"世界に惹かれていった。知らないことを知ることにワクワクした。
一生の仲間とも出会った。「初めまして」からたった10日しか一緒に過ごしていないのに、全てを受け入れてくれてホッとできる存在の人たち。14年経った今でも。住んでるとこばらばらでほとんど会えないけどずーっと繋がっている。
私に「海外」「新世界」「仲間」を教えてくれた場所。
ヤップに行ってなかったら今の私はいない。
今の私の原点。
私がpacific loverになったのもこの時からなんだろな〜。🏝️🐟💙🌞
敬老の日
海外にいると日本の祝日の感覚がなくなる。さっき気づいた、そっか今日は敬老の日。
間違いなく世界で一番私のことを愛してくれている祖父母。
私は父方の祖父母には会ったことがない。でも母方の祖父母とは私が生まれたときからずっと一緒に住んでる。
今回、ルワンダに来て改めて感じていること。
この25年間、祖父母がたくさんたくさん愛してくれたから私は今幸せに満たされている。ということ。
18歳から実家を出ることばかりで、家を出るときは色々覚悟するようになった。
どこに行こうが何しようが、「いってらっしゃい。気をつけて」とだけ言ってくれる。
「元気でね!いってきます。」って答える。
今回もそうだった。
でもこんなに毎日祖父母のことを考えているのは初めて。
毎日、私は幸せ。
祖父母のおかげ。
ありがとう。
いいよね、畑
ルワンダでよく食べられるドドという野菜。
キセキの裏のちっちゃな畑で育ってる。
管理をしているのは最年長のママ。
他のスタッフは「ここのドドは美味しくない」という。
私がちょっと手を加えようとすると「あずさ、違う。そのやり方は違う。Badだ。」とスタッフが言う。
管理をしているママも呆れたように見てくる。
だからそっとしておいた。
「美味しくない」
それは収穫するタイミングが遅いからじゃない?
もう花がついて見るからに苦くて固そうな葉。
先週、何を言われようとも!と思いっきり古い葉を切って、ちょっと剪定をした。
その管理をしているママの娘ちゃんにはどこを切るのかちょっと教えてあげた。
ら、今朝新しいフレッシュな芽がたくさん出ているのを見て、管理をしていたママが
「Azusa good job~👏」と言ってくれた。
口で伝えないと分からないこともある。
でも口だけでは伝わらないこともある。
トマトも栄養不足でかなり生長がslowだけど、今日もしっかり太陽から、雨からエネルギーを受けてる。
いいぞ!
お母さんのHappiness
金曜日、久しぶりに幼稚園にダンスしに行った。
私の姿が見えた瞬間「Azuuuuusaaaaa!!!!」って全力で走ってきてくれる。かわいいかわいい子どもたち。
教室の中は床が凸凹。窓も割れてる。机もいすもバラバラ。先生は何とか授業しようとするけど、パンを食べる子、ミルクを飲む子、トイレにいく子。先生は木の棒でばっしばし子どもを叩く。泣く。叫ぶように泣く。その間に別の子は外に行って遊びだす。学級…崩壊…というやつかな。
なんとかなんないもんかな~と思っていたんだけど、なんと今回突然3人の先生(全員)がいなくなったから、 近くに住んでる大学生が急遽学級をみている。
というとんでもない情報が入り、今KISEKIでボランティアプログラムに参加してる2人の大学生が助っ人として毎日通っている。
整理整頓、学校のカリキュラムの見直しからしてくれている。
土曜日は物置になっていた3つ目の教室をチームキセキで仕訳、掃除をし、教室の姿を取り戻した。
ダンスに行ったときも、掃除をしに行ったときも感じたこと。
子どもたちはきっとストレスを感じている。
子どもがストレスを感じているのはきっとお母さんがストレスを感じているから。
子ども同士の暴力がとにかくすごい。
ダンスに行った時、男の子2人の喧嘩、殴り合いがずっと続いた。一時そっと見ていた。
お互い目が本気で、本気でぼこぼこにしてやろうっていう勢い。
きっと家にも思いきり遊ぶスペースがないし、幼稚園にもグランドはない。公園もない。狭い教室。
「思いっきり走っておいで!!」と言いたいけどそれができない。
その2人を見て先生は木の棒を持って叩きに来る。
それはほんっとに止めてほしいから、叩く前に1人の方を抱いてあたしの膝に座らせて、お話をした。私はルワンダ語できないし、彼は英語ができないから私自身が気持ちを一番伝えれる日本語で。
「きついよね、もっと遊びたいよね。何がしたい?走りたい?サッカー?毎日思いっきり外で遊びたいよねぇ~」
ってただただ一方的にだけどちょっとお話をした。不思議なことにその間はちょっと落ち着く。話を聞いてくれた。
けど、話すのを止めたとたんまた新たなエネルギーが沸いてきたかのように相手の方に走り出す。
また抱いて話す。ってのを3回ぐらい繰り返したら喧嘩が終わった。
土曜日、掃除に行ったらまた別の子が幼稚園にポツンとあるブランコで遊んでいた。
数分後、お母さんが木の棒でばっしばし叩く。
「いやいや、なんで!?」
なんだけど、子どもは泣きながら走って逃げる。
お母さんはでかい声で怒る。
周りにはたくさんの大人がいたけど、お構い無し。(みんなそうするんだろうし、当たり前のことだからだろう。)
あーお母さんめっちゃストレスあるんだろうな~。
って思った。
何に対してストレスがあるのか。
子育て?生活環境?仕事?
それは分からないけど、なーんかイライラして子どもに当たっているのが感じ取れた。
フィジーにいたときも思ったけど、旅行に来た人とか短期で来る人は、現地の人を見て、「のーんびりゆったり生きてる」
「日本より不便だし、環境も整っていないのにいつも笑っていて幸せそう」
って言う人が結構いる。
でも私は、確かにね、でも本当はいろいろあるよね。って思う。私たちには分からないこともある。というか分からないことだらけ。
現地の人のことを知る。ってとっても時間がかかること。彼らはそこで生きていて、生活をしている。彼らからしたら外から来た私たちがどこまで知ることができる?
知る必要あるかどうかも分からない。ちょっと見ただけでイメージを決めつけてはいけない。
だから私は地に足をつけてゆっくりじっくり歩み寄り、現地の人と一緒にお互いにとっていいものを生み出していく人を尊敬するし、そんな人になりたいと思う。
って話変わってきたけど…笑
KISEKIも地域のママを雇用しているし、DressForTwoも''女性をHappyに!''ってしてるプロジェクトで、''女性のHappy''ってことに毎日触れているけど、改めてお母さんの幸せって家族の幸せってことを感じた。
ルワンダライフもあと1ヶ月。
お母さんたちとHappyをたくさん共有したいな。
ウムガンダ
今日は月に一度のウムガンダ。
ルワンダ人たちは午前中奉仕活動をしないといけない日。
キセキのスタッフもコミュニティの清掃活動に参加をしないといけないので午前中はお店を閉める。
キセキにいる日本人も何かコミュニティでできることがある月はお手伝いにいく。
今日は、いつもサポートしているコミュニティの幼稚園の掃除に行った。
3つclassroomがあるけど、そのうちの1つは物置になっていてごっちゃごちゃ。
せっかく教室があるのに。
そこを片付けてちゃんと教室の姿を取り戻せばもっと多くの子どもが来れるようになる。
地元の人達も何人か集まってくれて、とりあえず全部外に出す。そっから仕訳をして教室の姿がよみがえった。
砂ぼこりもすごいし、雲の巣すごいし、釘とかでて危ないし、窓ガラス割れてるし…
Tiredだったけど、教室の姿をみたときは感動。
また物置になりませんように。
もっと多くの子どもがここで勉強できますように。